2010夏・記憶に残ったドキュメンタリー

 

 8月が終わった。テレビの戦争特集もほぼ終わったようだが、今年も質量ともにNHKが圧倒した印象だ。証言記録、玉砕の隠された真実をあぶりだすドキュメンタリー、少年を煽り立て戦地に送った教師の責任を考えさせたドラマ、戦中戦後のラジオ放送に焦点を当て、言論の自由を問うた番組、などなど。その中で見終わって深い溜息が出た番組があった。8日に放送されたNHKスペシャル「引き裂かれた歳月〜証言記録 シベリア抑留」である。半月以上前のことだったが、胸底に沈んだ錘は未だにそのときのままの重さで残っている。80代90代の抑留体験者が、胸に秘めていた辛い思いをようやく語り始めた。語るまでに60年以上の歳月が必要だったのだ。それほど重く残酷な記憶だったということだ。

 シベリア抑留者の間で民主化闘争が起こり、軍隊時代のヒエラルキーに準じた待遇がひっくり返された。その闘争はエスカレートし、アクチブと呼ばれた積極派がラーゲリを牛耳った。アクチブは日本へ帰国後も赤旗を振った。私の知識はその程度で終わっていた。しかし実際は想像以上に深刻だった。人間破壊をきたすほどの陰湿な様相を呈していた。自殺者も出たという。シベリア抑留といえば、酷寒の地で科された重労働に、乏しい食料、などとどうしても肉体的苦痛の方に想像力は偏るが、もっと辛かったのは、密告や裏切りが横行した日本人抑留者社会だった。逃げようもない閉じられた空間で、不信と憎しみに満ちた空気を吸って、人々はやっとの思いで生きていた。

番組は冒頭で、日本人抑留者たちからスターリンに贈られた、布地に絹糸で刺繍された感謝状を見せる。アクチブがスターリンの吹く笛に踊らされていた証だ。そしてそんな醒めた自覚はなく、我先にと忠誠心を競い合った結果とも受け取れる。何と悲しい人間の性だろうか。

「帰国」という人参を鼻先にぶら下げられ、否応なく大勢に同調した多くの元抑留者たち。社会主義思想に共鳴し、積極的に思想教育に協力したという証言者は、「洗脳教育に加担した恥じらい、責任は今も感じている」「申し訳なかった」と当時の仲間に謝罪。何かを口実に反動と極め付けられ、「吊るし上げ」られた抑留者は、「勘弁してな」と深夜こっそり謝りに来た仲間に、「わしの名前を利用して、吊るし上げして、(自分は)一日も早く日本へ帰れ」と逆に励ました。彼は11年間の抑留に耐え最後に帰国したが、吊るし上げのトラウマを抱え、他人と喋るのが怖かったという。追い討ちをかけたのが、日本の公安警察による、帰国者への監視体制だった。苦労の挙句帰国しても、「アカ」というレッテルを貼られ、就職も儘ならなかった。戦争と国家の都合に翻弄された元抑留者たちは口々に言った。「辛かった」「思い出すとぞっとする」。未だに生々しい感情の吐露だった。人は極限状態の中で何ができるだろうか。自分ならどうしただろう。「生きて帰国する」ために他人を平気で裏切ることができただろうか。命をかけても自己の尊厳を保つ勇気が持てただろうか。そんな問いを突きつけられた気がした。それにしても、対立を煽り、人の心を弄んだ権力の残忍さは、肝に銘じておいた方がいいだろう。

ナレーションはこう括る。「天皇の軍隊からスターリンの社会主義へ、激しい振幅の中に投げ込まれ引き裂かれた抑留者たち」と。しかし怖いのは、何ら葛藤もなく、忠誠を誓う相手を替えられる変わり身の早さと、何の抵抗もなく大勢に順応できる人間のずるさかも知れない。


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