2010夏・ヒロシマ・ナガサキ(2)

 平和公園に向かう平和大通りの街路樹で「シャンシャンシャンシャンシャン」とクマゼミの大合唱。これぞ広島の夏。東京では浴びられない声のシャワー、蝉時雨である。
 すでに朝7時過ぎに、平和記念式典会場は人でいっぱいだった。私たちは何とか大テントの下の一般席にもぐりこんだ。65年目で初めて参加した核保有国米英仏の代表、潘基文国連事務総長、政府の要人たち。彼らの席ははるかな前方、剥き出しの強い日差しの下にある。太陽の数千倍という凄まじい熱エネルギーを浴び、一瞬のうちに命を落とした原爆犠牲者を思えば、不謹慎この上ないことではあるが、一般人でよかったと胸を撫で下ろす猛暑の中の式典となった。
 秋葉市長の平和宣言には、日本の核の傘からの離脱と非核三原則の法制化を求める明確な主張が盛り込まれ、潘国連事務総長の挨拶は、核廃絶の気運に希望を託し、そのための具体的なタイムテーブルに言及するなど、説得力と不退転の決意に溢れた力強い挨拶だった。後で知ったことだが、NHKの式典中継は事務総長の挨拶を待たず打ち切られたとか。日頃権威を重んじているように思えるNHKが、なぜ国連事務総長の挨拶をカットしたのだろうか。もともと時間枠が限られていて泣く泣く諦めたのだろうか、それとも視聴者は聞きたがっていないと判断したのだろうか。どちらにしろ、グローバル・ゼロ(核なき世界)への展望を共有しそこなった視聴者こそ、不幸だったというべきだろう。
 ところで、わが日本国政府代表、菅首相の挨拶について、どんな感想を述べればいいだろうか。核廃絶の実現に、唯一の被爆国として道義的責任があると言い、非核三原則の堅持を誓ったものの、その後の記者会見でしれっとして核抑止力の必要性に触れ、ヒロシマ・ナガサキの神経を逆撫でした。どんな哲学に基づいてその矛盾を矛盾のまま抱えていられるのだろうか。(続く)

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