2010夏・ヒロシマ・ナガサキ(1)

 この夏初めてヒロシマとナガサキの原爆忌に参列した。本当はマリア・デル・カルメン・ソーサ・サンタナさんという、スペイン女性と同行する予定だった。
 彼女は藤原智子監督のドキュメンタリー映画「シロタ家の20世紀」で日本に知られるようになった、スペイン自治領カナリア諸島テルデ市の人。映画は、レオ・シロタという日本に馴染みの深いピアニストの一族が辿った過酷な運命を中心軸に、戦争と人種差別の世紀、20世紀を静かに告発したドキュメンタリーで、2008年秋に岩波ホールで公開され、今でも各地で自主上映されている。私はこの映画にナレーターとして関わった。
 藤原監督は映画のラストで、ある風景を象徴的に取り上げ、それに人類の希望を託した。テルデ市の小さな公園「ヒロシマ・ナガサキ広場」に掲げられた、スペイン語の憲法9条だ。日本国憲法9条の条文がそのままスペイン語になって陶板に刻み込まれている。憲法9条はもはや日本人だけのものではなく、その精神こそが、人類が平和に生存できる一番確かな道に繋がる、と監督は訴えているのだ。
 この碑は1996年に建立された。映画の中でテルデ市のサンチアゴ市長はインタビューにこう答えている。80年代末に若き市議としてそれを発案し、市議会で決議するまで奔走したのは、マリア・デル・カルメン・ソーサ・サンタナという女性だった、と。
 私は去年2009年1月、カナリア諸島に飛び、彼女にインタビューすることができた。その映像は同月末、TBSの「ニュース23」ミニコーナーで取り上げられ、さらに8月、やはりTBS日曜深夜の「報道の魂」で、「海の彼方の憲法9条」というタイトルの番組になった。秋には雑誌『潮』に記事も書いた。どこかでお眼に留まっただろうか。
 今年になって、「シロタ家の20世紀」上映委員会から、マリア・デル・カルメンさんを8月の広島と長崎にご招待したい、と相談を持ちかけられた。私は現地の日本人青年Mさんを仲介に、メールで打診し、日程や旅程の希望を聞き、さまざまな可能性を探り、およそ7ヶ月交渉を重ねた。7月になって、最終的に彼女は辞退した。9条碑の代表なら市長の方が相応しいという謙虚な思い、同じ時期に現地で大事な役目が控えている、それが主な理由だった。
 原爆忌の時期の広島長崎はホテルがフル稼働になる。まとまった人数の場合2月に予約をとる必要があった。上映委員会では同行を希望していたマリアさんの2人の同僚分も含め、早々と複数の部屋を押さえていた。マリアさんの来日に備え、映画の上映も決まっていた。それは今更キャンセルできないことだった。マリアさんの代わりに藤原監督自身がトークに出演することになり、そこで藤原監督、上映委員会のメンバー、それにお誘いを受けた私が、2010夏の原爆忌に広島入りしたのである。(次回に続く)

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